フェアリーシステムが生まれるまでの試行錯誤

 

アイデアからの続きです。

かえもん学芸大学店は「有機農家をサポートするための飲食店」というコンセプトでした。
 賛同者を集める意図もあって、オープンする直前にボランティアで店舗運営を手伝うと報酬として無農薬の野菜が貰える「オーガニックお手伝いさんになりませんか?」とPRしたところ募集開始から1日で数十名もの方々から「ぜひお手伝いしたい」とメールを頂くことが出来ました。
 賛同者を集めるという点からは幸先の良いスタートを切ることが出来ました。

 オープン前にはそうして集めたオーガニックお手伝いさん達と試食会を繰り返しながらメニュー開発を行いました。

 そこで評価の高かったメニューを中心として「オーガニックごはん かえもん学芸大学店」がオープンしました。
 オープン当日には数名ものお手伝いさんが来てくれましたが飲食店経験が無い素人集団でしたのでオペレーションシステムを作るのにとても苦労しました。


 なんとかオペレーションシステムが形になり、店舗を回せるようになって来たのですが、すぐに大きな問題が発生しました。それは「米や野菜が重すぎて持ち帰りが大変」という今考えると極めて当たり前の事態でした。

 今のフェアリーシステムは1コマ90分間でお手伝いできるシステムですが、当時は半日のお手伝いが最低単位でした。1日も働くともう持ちきれないくらいの野菜の料でしたし、ボランティア報酬用の野菜の確保や仕分けのためにさらにボランティアが必要というワケの分からない状態に陥ってしまいました。

さらに当日に報酬分の野菜が用意出来ずに後日郵送するケースや、店舗の仕事が忙しくて報酬計算が間に合わずお手伝いさんへの野菜配送が常に滞るといったケースも頻発し、このオーガニックお手伝いさんシステムは中止となってしまいました。

 さらには学芸大学店の建物老朽化による倒壊の危険性と補強する予算が確保出来なかったことや累積赤字も大きくなって来たため同店舗はオープンから1年半余りで閉店することになりました。

 そのため野菜の支給が出来なかったお手伝いさんには、2号店としてオープンしていた「かえもん浅草本店」で使える食事券を野菜の代わりに報酬として支給することになりました。

その失敗で懲りたこともあり、かえもん浅草はオープンから初めの2年間はボランティアのお手伝いさんが居ない通常の運営形態で、契約社員とアルバイトだけで運営していました。

 しかし浅草という土地の特徴は、「夜になると観光客が上野や御徒町方面へ流れてしまいディナー営業が非常に苦しい」という事が判明しました。

 さらにかえもん浅草のある立地が店舗としては極めて不利な場所、しかも3階にあるため通りすがりのお客はほぼ入ってこないという最悪の条件だったのです。

開店から2年間は悪戦苦闘の毎日でした。
そこで人件費を出来るだけ抑えるためにセルフサービスの食べ放題ランチビュッフェを始めたところ、これが成功しテレビの報道番組に「外国人観光客が殺到する店」としても取り上げられたのですが、ランチタイムの売上は伸びて来たのですが相変わらずディナータイムの来店客は少なく経営は苦しい状況が続きました。

 ボランティアスタッフを募集しても無報酬のためか全く集まりませんでした。

「農家を守り日本の食を守る」という店のコンセプトと存在をPRして支援者を集めるために上野公園の広場で開催される「グリーンフードフェスタ2017」に出店することにしました。
 しかしそのためにはまたボランティアスタッフを集める必要があります。

 そこで2年前の失敗を活かして、今度は店で食事やお米と交換できるクーポンを報酬として渡すことにしました。

 これが現在の「フェアリーシステム」の原型となりました。

 そのアイデアが見事に成功し、募集開始から1週間で50名以上の応募がありました。上野公園でのイベント出店も3日間で延40名ものフェアリーさんのご協力もあってまずまずの成功を収めることが出来ました。

 野菜は管理が難しいので食材としては保存のきくお米を報酬とすることにしました。

 江戸時代のように経済の基盤としてお米を活用することが農家を守る経済圏を作ることに繋がるのでは?という考えもありました。

 現在では食事券やセミナー受講券、大豆ミートや穀物類と交換できるバリエーションも豊富になっており、フェアリーお手伝いさんとして働く魅力も大きくなって来ています。


  世界中から訪れる外国人観光客の皆さんとの楽しい交流も語学学習の実践練習として最適です。